加藤 武峰氏 『船舶局無線従事者証明新規訓練を受講して』

時として耳にする「船舶局無線従事者証明」ですが、その訓練受講についてはあまり知られていませんでした。
そういった意味でもとても貴重な受講体験記です。


船舶局無線従事者証明新規訓練を受講して
加藤 武峰氏


1 船舶局無線従事者証明との出会い

この言葉を初めて聞いたのは約10年前です。アマチュア無線をやっているある大先輩(OM)とお会いした際に、「これから関東電気通信監理局(現関東総合通信局)に行くけど一緒にいかないか?」
と誘われました。そのOMは第二級無線通信士(現第二級総合無線通信士)の資格をお持ちで、船舶局無線従事者証明の再訓練の申し込みをされるとのことでした。
初めて聞く言葉だったので質問したところ、次のように説明していただきました。

(1) 法令に定める船舶局等の無線設備は無線従事者の資格を取得しているだけでは操作できず、船舶局無線従事者証明を受けていなければならない。
(2) 船舶局無線従事者証明を受けるためには所定の訓練を受講しなければならず、更に一定期間業務に従事しない場合は再訓練を受けなければその効力は失効する。
(これらについては、http://www.musen-shikaku.com/shikaku/qanda.html#q23 参照)

大変興味深く話を聞きましたが、当時は三総通または一海特以上という無線従事者の資格を所持していなかったので、自分には無関係な話だと割り切っていました。
しかし、OMさんの、「じゃあ、頑張って資格を取ればいいじゃないか。」という一言は長い間心の片隅から離れませんでした。

2 新規訓練の出願に際して
平成13年3月期の試験で一総通に合格し、意欲があるうちに訓練を受けようと、合格通知を受け取った直後に準備に取り掛かりました。まず、電気通信振興会から「船舶局無線従事者証明申請書」を取り寄せました。新規訓練は毎年1月と7月に東京都で行われることが無線従事者規則で定められており、その2ヶ月前に官報に公示されます。
平成13年7月期に訓練を受けるつもりで、5月に入って毎日インターネットで官報のホームページを注目していたところ、しばらくして公示されました。申請期間は5月25日から6月14日までということなので、5月25日に,300円の収入印紙を貼付した申請書を所轄の総合通信局に提出しました。
もちろん、仕事・家庭の調整が第一優先です。例年の経験からだいたいの時期がわかっていたので、かなり前から調整していました。
その後何も連絡がなかったのですが、6月18日に総合通信局から電話があり、「本日新規訓練の案内を送るので、受講するなら6月20日までに回答してほしい」とのことでした。19日に自宅に書類が届いたので、20日に受講する旨の回答をしました。
なお、この新規訓練は日本無線協会で実施する訓練によることも可能です。これは総務省主催の訓練より頻繁に実施されているようで、都合がつかなければこの方法も考え、一応資料を取り寄せました。費用はこちらの方が若干高いようです。総務省主催のものは受講料16,300円の後払い(申し込み後の不参加の場合必要なし)ですが、協会主催のものは受講料26,250円と資料代約7,000円の先払い(申し込み後の不参加でも原則返金なし)です。

3 新規訓練に参加して
訓練は7月3~5日の3日間、東京都目黒区の総務省情報通信研修所で行われました。
前日の夜は都内に宿を確保し、当日は早めに出発しました。案内には午前8時45分までに集合と記載してあったので8時20分頃に研修所に着きましたが、8時30分の受付開始ということでしばらく待ちました。
受付終了後、オリエンテーション・開講式が始まったのは9時でした。
今回の訓練の参加予定者は当初7人のようでしたが、1人欠席されており6人となりました。資格別では一総通1人、三総通1人、三海通3人、一海特1人でした。もちろん、全員同じ教室で同じ講義を受講します。冷やかし参加は私だけで、他の5人は航海士さんでした。
開講の挨拶で、総務省職員の方が「ご参加頂きまして本当にありがとうございました。」と話されましたが、これは本音かもしれません。1人16,300円の受講料として6人で97,800円の歳入(収入)にしかなりません。これでは採算は赤字になるのでしょうね。
驚いたのは資料の多さです。全部で厚さ約4cmはあるA4版資料が用意されていました。
訓練の1時数は50分で、毎時10分開始の翌時00分終了で、3日間毎日午前9時10分から午後4時まで、昼食・休憩時間をはさみ1日6時数行われます。

それでは、訓練の内容について、時間割順に簡単に報告します。

(1) 海上無線の方法(講師:日本船舶協会職員) 2時数海上無線通信で最もよく使用されている国際VHFch16(156.8MHz)の使用上の注意、実際の通信方法(英語)などを重点的に行いました。
ch16の重要性を解説する中で、東南アジアの海域ではch16で日常会話が行われているこのなども教えていただきました。
英語のリーディングやヒアリングの日本語訳については全員が指名されました。学生時代以来云十年ぶりの体験でしたが、ヒアリングはよく理解できませんでした。他の受講生にとっては日常会話で楽勝だったかもしれませんが、素人にとって業務英語の壁は高く感じました。

(2) 海上関係無線局の概要(講師:日本船舶協会職員) 2時数GMDSS(海上における遭難及び安全に関する世界的な制度、Global Maritime Distres and Safety System)に使用する設備の概要について、わかりやすく解説していただきました。GMDSS設備とは、衛生EPIRB(非常用位置指示無線標識)、DSC(デジタル選択呼出装置)、SART(捜索救助用レーダートランスポンダ)、双方向無線電話などの設備の総称で、この講義ではこれらの概要を学ぶことができました。
通信士の受験勉強中にはGMDSS設備がどのような設備かほとんどわからなかったのですが、今回の訓練である程度理解できるようになり、これまでの疑問点がかなり解消されました。
恥ずかしい話ですが、双方向無線電話というものが単なる(?)FMハンディトランシーバであることが初めてわかり、拍子抜けしました。

(3) 海上無線通信制度Ⅰ(講師:海上保安庁職員) 2時数一部は(2)と重複するものの、DSC、衛星EPIRBなどについて解説していただきました。さらに、立派なパンフレットを頂き、海上保安庁の業務についても紹介していただきました。特に強調されていたのが、衛星EPIRP等遭難警報の誤発射についてです。近年は誤発射が多く、全遭難警報中に占める誤発射の割合は9割を超えているとのことでした。廃船を不法に処理したことによる陸地からの衛星EPIRBの発信など、嘘のような話も現実にあるそうです。
JASREPについても概要を教えていただきました。
JASREPとは、日本の船位通報制度のことで、海上保安庁が昭和60年から運用しているシステムです。参加は任意ですが、これに参加している船舶は意識が高いのか、これまでに大きな事件は発生していないとのことです。

(4) 海上無線通信制度Ⅱ(講師:日本船舶協会職員) 1時数無線従事者に関連する国際条約、船舶局無線従事者証明制度などについて解説していただきました。
船舶局無線従事者証明はSTCW条約に基づく証明であり海技免状の前提となる資格なので、失効すると海技免状も失効することを何度も強調されており、他の受講生も真剣に聞き入っていました。

(5) 船舶局無線設備の管理(学科)(講師:日本船舶協会職員)2時数(2)(3)と同様にGMDSS設備について解説していただきました。
もちろん重複する点もありますが、それぞれの講師が違う視点で話されたので大変参考になりました。この講義のテキストにはある程度技術的な内容も含んでおり、
(2)(3)より詳細なものとなっていました。
(6) 船舶局無線設備の管理(実技)(講師:日本船舶協会職員)3時数研修所に備え付けの機器を使用してSART(捜索救助用レーダトランスポンダー)の実演、衛星EPIRBの取付・分解、VHF-DSC、MF/HF-DSC、インマルサットC、NBDP(狭帯域直接印刷電信装置)の実習を行いました。
なかでも衛星EPIRBについては、日本船籍の場合分解することは禁止されているので、非常に貴重な経験をさせていただいたことになりました。

(7) 海上無線通信の方法(実技、英会話)(講師:海上保安庁職員2人)    3時数もっぱらテキストの日本語・英語による通信文例を読み上げるものでした。
最後の1時間はカセットテープ(20年以上前に録音したもの!)を聞くだけでした。
余談ですが、今回の受講生が6人だけだったので、「少ないなあ。
前回は16人くらいいたのになぁ。」と言われていました。
また、質疑の時間などを利用して、東南アジア地域での海賊の話などもしていただき、大変興味深く聞くことができました。

(8) 海上無線通信の方法(実技、模擬通信)(講師:海上保安庁職員2人)    3時数GMDSSシミュレータを使用して日本語・英語による遭難通信訓練を行いました。
この装置はなかなかの優れもので、ディスプレイを通じて国際VHF、MF/HF送受信機、DSCなどを体験することができます。
他の受講生と違って実務経験の全くない私にとっては新鮮な出来事で、ほんのひとときですが憧れの通信士になった気分でした。
最後の1時間はJASREPの説明をしていただき、PR(位置通報)の作成方法について演習を行いました。

訓練終了後、総務省職員の方による閉講挨拶があり、修了証書を手渡していただきました。所定の手続きが完了した後日、晴れて船舶局無線従事者証明書が交付されるとのことです。

4 新規訓練を終えて
新規訓練終了の翌日に16,300円の収入印紙と共に所轄の総合通信局に手数料納付書を送付し、後日鮮やかな青色の船舶局無線従事者証明書を受領しました。
これで、一総通・一陸技と併せると総務省係の無線関係資格はおおむね取得したことになります。実際に船舶で通信を行うためには海技免状が必要ですが、これには乗船経験が必要です。子供の頃からの憧れであった通信士に一歩近づけたという嬉しさの反面、現実にはこれ以上はどうにもならないという厳しい現実を突きつけられた寂しさを感じることもあります。

訓練を通じて感じたことをいくつか列記します。
(1) モールス通信は何処へ
今回の訓練で全く出番がなかったのがモールス通信です。
確かにGMDSS導入後にほとんど姿を消したとは聞いていまし
たが、これほどまで話題にならないとは・・・
また、無線通信に使用するのはもっぱら国際VHFや人工
衛星を利用するインマルサット通信などで、短波帯の使用頻度
は非常に低く、将来性もあまり高くないとのことでした。
物心ついたころから「船舶無線通信=短波帯のモールス通信」
と思いこんでいたので、改めて時代の流れと共にショックを
感じました。

(2) 通信士は何処へ
詳しくは知らないのですが、近年では船舶に通信士の配置
が義務づけられていないとのことです。確かにモールスを知
らなくても通信はできるので、これも一つの時代の流れでしょうか。
最近では遭難警報の誤報が多く、海上保安庁の出動回数は以前
よりはるかに多くなっているそうです。専任通信士は確かな技術
と自分の仕事にプライドを持っているので誤報はほとんどなく、
航海士と通信士の兼任者でも多くは責任ある仕事をされている
ようですが、諸外国などでは兼任の通信士の一部に問題のある方が
いらっしゃるようです。
わが国では、国の高度成長を支えてきた中高年通信士の失業
問題も話題になっています。
私たちは利便を追求するあまりに大きなものを失っている気
がする、というのは素人の考えでしょうか。

(3) 受講の勧め
無線従事者資格の受験勉強期間中、GMDSS設備については
ほとんど理解できませんでした。総合・海上通信士の法規・
工学Aには必ずGMDSS関係の問題が出題されます。
私の場合、法規は丸暗記とこれまでの人生経験(?)で何とか
なりましたが、工学Aには悩まされました。
結局一総通では工学系を受験せずに一陸技取得による科目免除
を活用しました。工学Aについては一陸技より一総通の方が
難しいのではないかとさえ思ったほどです。
新規訓練訓練を一とおり受講してGMDSSシステムに対する知識
が身に付いていれば、一総通の工学の勉強が効率的にできたかも
しれません。
3日間連続で拘束されるのでかなり前から事前の準備をして
おくことが大切です。


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