中島 潤一氏 電波天文と従事者免許(電波受験界96年12月号より)

電波天文を研究されている方の体験記です。


表題:電波天文と従事者免許
通信総合研究所 宇宙電波応用研究室    中島  潤一氏


◆はじめに

皆さんは宇宙人からの電波を受信したらどうしますか?
やっぱり法律上「特定の相手方に対して行われている通信」だったら秘密を守らなければいけないのでしょうか。
という冗談はさておいて、体験記執筆のチャンスをいただきましたので、私の仕事の電波天文、無線従事者免許を取ったきっかけ、そして御参考程度ですが私の勉強方法について紹介させていただきたいと思います。
私は電波が好きで中学校のころから無線や電子工作に熱中していました、その後は機械工学や電波天文学にも傾倒し学位取得の後は郵政省の通信総合研究所の大型施設で電波天文関連の仕事をしています。

◆郵政省と電波天文
郵政省通信総合研究所と言いますと何とも堅苦しく聞こえてしまいますが、中をのぞけば有線や無線、電波から光通信、生物、情報処理から宇宙衛星、天文までさまざまな分野の第一線の研究者が集まってユニークなアイディアが次々と創出されています。
研究所としても、いろいろな分野が影響しあって新しい知見が得られることを狙っているようです。
もちろん衛星との通信や電波伝播、通信法式を研究している部門では送信施設があり一陸技免許の取得を薦められるようです。
ところが私の関係する電波天文自体は巨大なパラボラアンテナを使うにもかかわらず免許にはあまり関係がない分野です。
なぜなら研究で扱う電波を送信しているのは宇宙の果ての天体で我々研究者は受信するだけなのです。
電波天体の種類には電波銀河やクェーサー、パルサー、ブラックホール近くの宇宙ジェットなどがあってほとんど雑音電波です。
彼らはギガW、テラWどころか、測りきれない莫大な電波エネルギーを(多分)無免許で放射しているのですが、これが地球に届く頃には10―26[Wm-2 Hz-1]、これを1Jyジャンスキーという単位で表現するくらい微弱な電波になっています。
我々の使う電波天文の受信機はL,C,X,K,Ku,Qバンドなどで帯域は数100~数GHz、近くで使ったPHS、特定小電力トランシーバのスプリアス成分でアンプが飽和するくらい低雑音・高感度なものです。
空間に電波を放射するわけではなく、受信して増幅・記録・解析するのみですから基本的には免許は不要なわけです。
電波天文には大きく分けて二つの観測方法があります。
それはパラボラアンテナ一つで観測する“シングルディッシュ”観測と呼ばれるものと、2つないしは複数のパラボラを使って同時に同じ星を観測する“電波干渉計”と呼ばれるものです。
電波望遠鏡を干渉計として使うと対象の天体の構造が細かく分解されるので研究には最適です。
我々のグループがが得意としているのはパルサーや木星のシングルディッシュ観測、干渉計の中では特にアンテナ間の距離が離れているため磁気テープで観測記録するVLBI(Very Long Baseline I nterferometer:
超長基線電波干渉計)という方法です。
通信総研は新しいVLBI観測方法、観測機器の開発では米国を超える力を持っており、世界の中で技術開発センターのひとつとして指名されています。
そして末席ながら私も鹿島宇宙通信センターで34m電波望遠鏡の整備、ミリ波受信機、VLBI記録処理装置の開発研究やデータ解析に日々追われています。

◆電波天文屋、一陸技を要す
そんな中、免許を取らなければと思う出来事が2つありました。
ひとつは通信総研がVLBI干渉計実験のため電話のない南鳥島(ロランCで有名です)に設置しているインマルサット実験局で必要な無線従事者が研究室内で少なくなってしまったのです。
そしてもうひとつ決定的だったのは1995年6月の日本初の小惑星のレーダー観測の成功です。
小惑星は電波を出している天体ではないので、レーダー観測で強力な電波を地球に接近する小惑星に送りそのエコーを解析して形や運動、性質を研究するものです。
これは受信するだけの電波天文から見るとやや異色ですが、最近は小惑星の地球衝突などの危険も指摘され、これから伸びるであろう研究分野です。
最初は我々にとって海のものとも山のものとも判らない観測でしたが、この実験の主担当で私の上司、宇宙電波応用研究室の小山主任研と鹿島34mパラボラを調整し、小惑星を追いかけて受信データを解析した
ところ小惑星からの反射スペクトラムが現れました。
何度も失敗しながら最後に解析に成功した小山主任研の笑顔と研究室皆の喜びは忘れられません。
なんと小惑星にはその後観測に参加したGoldstone、Evpatoria、Kashimaの頭文字を取って1996年1月、国際天文連合からGolevka(ゴレブカ)と命名され、その後しばらく新聞をにぎわせました。
この実験ではレーダー波を送信する役はアメリカでしたが、将来は日本から送信することも期待されていますので、我々としても送信役となるときの足がかりとなる一陸技免許保有者が必要になりそうです。
そしてこの資格は通信総研のよきライバル、国立天文台野辺山の先生や技官の方達の多くも持っている資格でもありました。
さてまず調べてみると、私の勤め先の通信総研は郵政省の研究所ではあるものの、これによる特典はまったくありませんでした。
そして郵政本省の友人に聞いてみても試験のことはまったく教えてくれません(あたりまえですが!)。
いったい問題は誰が作っているのでしょうね?。
よって普通の受験者とまったく同条件で受験勉強の始まりです。

◆ 最小冗長度(ミニマムリダンダント)勉強法
・無線工学の基礎(予備試験)
私の場合、買った問題集は振興会の一陸技の問題集だけでした。
とにかくこれがバイブルです。
国家試験会場に行くと専門学校の学生さんたちはなにやら学校オリジナルの詳しそうな解説本、プリントなど持っていたりしてうらやましいのですが、これ一冊でも何とかなるものです。
まずとにかく分厚い問題集の約半分がこの無線工学の基礎でうんざりするものですが、基礎科目だけに同じ問題が繰り返し出ていることもあり,やっつけていくうちに後半は加速度的に進んでいきますので安心しま
しょう。
予備試験の3週間前から毎晩初めて最後は徹夜、ぎりぎり間に合いました。
問題は計算問題はノートに、穴埋めなどは色の付いたペンで問題集に書き込んでいました。
私は旧方式最後の予備試験として受験したので専念できましたが、新方式では無線工学Aと同一日ですので一発合格を狙う方は大変そうです。
この科目は電磁気学や電子工学の基礎を問うもので内容も面白く、後々にも一番役にたちそうなので、おろそかにすべきではないと感じました。
このときの本試験は海外出張に重なり受験できず残りは半年先のお預けとなりました。

・無線工学A、無線工学B、法規(新方式)
新方式では受験申請書が簡素になり、まず書類不備で返送ということはなさそうなので、受理されたかをやきもきしなくてすむのは精神衛生上良いことです。
しかし試験の方は正直なところ96年7月期は選択式になるであろう新方式を、これまでの問題集でどう勉強したら良いのかまったく分かりませんでした。
まず過去問の解答のうち穴埋めになりそうなところはアンダーラインを引いて眺めておきました。
計算問題だけは眺めていても解けないのでノートに書いていきます。
試験前には計算問題も問題集の中で直接書き込んで模擬試験代わりとします。
ここまでに過去1年の出題を調べて、試験直前に無駄な努力をあらかじめ省いておくことは言うまでもありません。
毎晩2時間、無線工学Aに1週間、無線工学Bに5日間、法規に3日間と明らかに勉強不足の状態でしたが、新方式初回は実力試験だと割り切って受験してみました。
試験会場では新形式になるということで今までにない緊張感が受験生の多くにありました。
問題数も多く、試験開始後はもうさじをなげたとう感じで早々に途中退出する方もかなり多かったです。
時間いっぱい最善を尽くしそれぞれ70%くらいは取れただろうと思ってはみたものの、帰ってみて自己採点してがっくりと肩を落としました。
「電波受験界」の解答と比べると無線工学AはA問題10/20(正解数/問題数) B題25/25、
無線工学Bは A問題12/20 B問題23/25、法規はA問題10/15 B問題19/25と惨澹たるものだったのです。
これまでの丸暗記勝負の形式から、広く知識を問う問題、考えさせる問題、そして英検など同様に選択肢では引っかける問題が多くなっており、正解を知りながらまんまとはまってしまったものがいくつもありました。
私はアンテナ、マイクロ波やデジタル技術の基礎は仕事上必要で、また問題の中には幸運にも電波天文で使われるカセグレンアンテナや帯域内の受信パワー計算の新問題がありこれらは回答できましたが、電波天文にはあまり使わない変調各種やPCM通信方式、セルラー通信などの問題はうろ覚えの知識から回答したところ、ことごとく引っかけられてしまいました。
国試の合格点は公表されていませんがこれまではおよそ60点と言われていました。
A・B問題の配点が判らないながらも私の無線工学Aはひどいものです。
まして選択式では合格ラインは引き上げらるのでは?、これは駄目だと思い込みました。

◆ 予期せぬ合格、と密かなるバックグラウンド
これは無線工学Aはやり直しだなと決め込んでいたのですが、ある日ポストに見なれぬ葉書が届いています。
合格とも不合格とも書いていないので戸惑いましたが、プライバシー保護のためシール式になった新方式の通知書でした。
どうせ科目合格だ、と思ってシールをめくってみるとそこには小さく“合格”が印刷されておりました。
自分の不勉強を棚にあげ、“やった!やった!”と恥ずかしながら、もうこれは商店街のくじ引きでハワイ旅行を当てたような喜びでございました。
従事者免許は申請後わずか10日で交付されました。
余談ですが、従事者免許の写真はポラロイドの写真は好ましくないとどこかに書いてありましたがそれは昔の話。
最近のデジタル式の3分間写真は取り直しも出来、画質も良いので全く問題ありません。

以上のように受験報告はとうてい参考にならないものですが、もし私が合格できた理由がいくつかあったら次のようなものかもしれません。
振興会の宣伝ではありませんが、まず受験を決めたら「電波受験界」は1年分どかんと購読申し込みをしてしまったこと。
金額は結構大きいですが受験回数が1回減れば元はとれますし、受験用の雑誌というのは趣味の雑誌と違ってついつい買いそびれてしまうものです。
特に受験で切磋琢磨する関係の同志がすぐ近くにいなかった私のような場合には月に一回雑誌が届くたび、“どう?勉強進んでる”と問い掛けられるようなものですから効果大です。
直前の勉強が短時間で疎かだったにもかかわらず合格できた理由です。
そして「電波受験界」の記事でも問題以外の新技術などのトピック記事に興味を持って読んでいたこと。
広い知識と考える国試となった今、現実に即した新問題が最新技術の中から次々に出てくることと思われます。
このような中で「電波受験界」は予想問題を含め重要な情報と安心感を与えてくれて、激動期をスムースに乗り越えられました。
毎月トランジスタ技術や申し込めば無料で送られてくるマイクロ波関係の海外広告誌を読むのも役に立ちます。
関連技術を知っているだけで解答を推定できる問題はかなり多いです。
そこでさらに引っかけ問題である可能性もありますが、鉛筆を転がすよりはましでしょう。

◆ 最後に
新問題を受験して漠然と感じたことは、郵政省はこの無線従事者資格(特に陸技系)は特殊な職種の人だけが必要とする資格ではなく、英検1級のようにその人の無線技術のレベルを社会全般に広く認めさせる
グローバルな価値を持つ資格にしたいのではないかなということでした。
どうやらギリギリで合格できた私の一陸技ライセンスですが試験クリアだけを目指す資格マニアにならずに、正解できなかった問題分だけこれから精進、真に自分の実力として、電波天文や関連する研究分野で資格を活用していきたいと思っています。
(宇宙電波応用研究室へはhttp://www.crl.go.jpからどうぞ 、e-mail: nakaji@crl.go.jp)

受験歴
昭和53年11月電話級アマチュア無線技士合格
昭和59年11月電信級アマチュア無線技士合格
昭和60年 6月第2級アマチュア無線技士合格
昭和60年12月第1級アマチュア無線技士合格
平成 7年12月第1級陸上無線技術士 予備試験合格
平成 8年 9月第1級陸上無線技術士合格


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