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現代アートを愛するように、ひたすら無線工学の過去問を解いた3ヶ月間

   得丸 久文氏
   1 きっかけ

    2年前に中途入社した衛星通信事業に携わる「社の事業推進に不可欠な
   第1・2級陸上無線技術士資格の取得」の受験奨励金と合格褒賞金の制度が、
   昨年10月に始まった。
   営業部員の私には関係ないと思っていたのだが、技術部の若手に「君は受験する
   の」と聞いたところ、逆に「営業の人も技術のことを勉強してくださいよ」と
   挑発を受けたのだった。
   彼は、鞄の中から「合格精選300題第1級陸上無線技術士試験問題集」を取り
   出し、「これ一冊覚えれば大丈夫ですから」という。
   幸か不幸か、この褒賞金制度は技術部門以外の人間にも適用されるというので、
   若い技術屋さんたちに励まされ、営業の私も受験することにして、さっそく
   「300題」を注文した。
   3ヶ月くらいなら、騙されてもいい、一心不乱に勉強してみようと思ったのだった。
   私は高校3年のときに文科系を選んで以来、四則以外の演算とは無縁であった。
   sinもcosも、指数も対数も、平方根すら使わずに生きてきた。文系の人間がどこ
   までできるか心もとなかったが、ダメ元でとにかく3ヶ月受験勉強することにした。

   2 使用した教科書・参考書

    @「合格精選300題 陸1技 ポケット版」だけやれば十分という同僚
   の言葉は、電気通信のド素人には当てはまらなかった。解説がなくてさっぱりわ
   からない。問題も解答もまったく理解できず、まるで現代アートか、禅問答のよ
   うに感じられて苦痛だった。
    これではマズイと、ネット上の合格体験記を参考にしてA 過去問集「第一
   級陸上無線技術士」
を買って取り組んでみたものの、まるで歯が立たない。
   あてずっぽうで選択肢を選んでみても、5択で勘はまったく通用しない。解答の
   指針を丸々ノートに書き写してみても、説明自体がチンプンカンプンで、さっぱ
   り頭に入らない。
    たまたま会社の書棚に、B 「2陸技1・2総通受験教室 無線工学の基
   礎I」(松原孝之著)、C「同 無線工学の基礎U」(大熊利夫著)
があっ
   たので、電磁誘導のところ(Iの1-3章)と、論理回路(IIの6章)だけ読んでみたと
   ころ、勉強したところだけは少しわかってきた。
    やはり基礎と工学Aは、教科書を読むほかないと思いいたったのが11月上旬。
   書店でD 「1・2陸技受験教室 無線工学A」(横山重明著)を購入。
   そのとき、E「電波受験界11月号」を発見し購入。
   過去問集に掲載されていない平成17年1月期と7月期の過去問の掲載されている
   バックナンバーを注文しようと思っていた矢先、会社の雑誌コーナーに2年分保
   存されているのを見つけた。
   この雑誌の受験講座2年分に目を通し、会社の図書担当者には、保存期間を延長
   するよう進言した。現場を知らない素人には、グラビア頁のアンテナの写真と
   解説も、具体的で理解に役立った。
    さらに、ウェブ上から、F ギリシャ文字の読み方、G 常用対数表、
   H 電波法の条文
をダウンロードし、ギリシャ文字と対数表はノートの裏表
   紙に貼り付け、条文はお正月に読んだ。
   ウェブ上の法律条文は最新の改正を反映しているので役に立つ。
    少しゆとりができた12月後半、無線工学BのためにI「写真で学ぶアンテ
   ナ」(清水保定著)
とB・Cの残りの部分を、会社の本棚から借り出して読
   んだ。
   また、高校1年の長男に、数学Iの参考書を借りて、三角関数の和と積をみっち
   りやった。

   3 勉強法

   1)禁酒を課して、ひたすら過去問を解く
    多くの体験記にあるように、合格の秘訣は、過去問を5年分最低3回解く
   ことに尽きる
と思う。やみ雲に過去問を解いて本当に光が見えてくるのか
   不安だったが、ほかに方法が思いつかず、ひたすら過去問と向かいあった。
   面壁九年の達磨法師の気分だ。
   私の場合は、勉強する時間が限られていたので、11月1日から受験が終わるま
   でを禁酒期間とし、冠婚葬祭以外はアルコール類を飲まないことにした。
    11月のうちは、わけもわからずに問題と立ち向かって125点満点中の20-30点
    台がやっとだった。途中で投げ出して、教科書を読んでみたり、ネットで調
    べたりして、休日を一日あてても一科目の一回分が終わらないこともあった。
    磁界と磁束の違い、電界と電位の違いすらわからず、FやEやVを求める公式を
    眺めながら、ため息をついていた。λやπが分母になったり分子になったり
    することにイライラした。だが、公式は覚えるものではない、使ってい
    るうちに身に付くもの
だと信じて問題を解いていたら、試験までには、
    ウェブの「ひろいんのページ」の「陸上無線技術士を受けるのに最低限必要
    な知識」で紹介されている公式は全部覚えていた。
    子供の頃の記憶で、半導体はラジオの増幅回路に用いるものとばかり思って
    いたので、スイッチングに用いられていることを知ったときは驚きだった。
    仕事でときどき耳にしていたQPSKや位相という言葉の意味を理解できたのは
    よかった。
    知らない単語に出会うと、いちいちノートに書き写して、教科書で探し
    たり、googleで検索
した。高校や大学の先生が作っておられるHP上で、
    スイッチングやCRL共振回路の電流・電圧などが可視化されており、ずいぶ
    ん理解を助けられた。勉強しても勉強しても、また新たな単語や言い回しに
    出会うのには、正直まいって、めげそうになった。
    実際、「共振回路の尖鋭度Q」、「立下りで動作するフリップフロップ・
    カウンタの進数」、「時定数」、「方形導波管の伝送モード」などは、超
    現実主義文学の表現のように聞こえ、説明もなかなか見つからず、理解す
    るのに苦労した。
     余談だが、電波工学がわかると、現代アートの理解も深まる。現代芸術
    家の荒川修作が設計して昨年10月に竣工した三鷹天命反転住宅に勉強の合
    間に訪れてみたが、この住宅は、荒川によれば「位相的に生きる」場だ。
    はて、位相的に生きるとはどういうことだろう。電波工学の基礎知識をも
    とに想像すると、その家の中に住む人間の感覚が、電波の位相のように周
    期的に波うち、さらに自分と家との間でおきるさまざまなイベントとの相
    互作用によってPSK(Phase Shift Keying)のような位相変調がかけられて
    躍動する場なのだろう。

    
   <花畑のようにカラフルな三鷹天命反転住宅 cABRF, Inc.>

    <不規則な位相を描く住宅の床 cABRF, Inc>

    <玉砂利と丸い畳の部屋>

    <3LDKタイプ鳥瞰図>

    同じ問題を2度、3度解いて、それでも解けなかったときは絶望的な気分にな
   った。年が明けるまではほぼ週に一度、点が伸びないことに絶望していた。
   実は昨年2月に東久留米にある一九会道場の三泊四日の初学修業を経験して
   いたので、これは禊修行だと思い、わずか3ヶ月だから何があっても逃げる
   な、くじけるなと自分に言い聞かせた。
   大晦日の晩も、家族を女房の実家に帰して、一人で過去問に向かっていた。
    さすがに正月明けに3回目を解いていると、合格点には達しないものの、
   60点から70点取れるようになった。わからない問題よりもわかる問題のほう
   が多くなった。松の内が明けると、無駄な調べ物や計算が少なくなり、ノー
   トの1ページに定規で線を引き、A1からA20, B1からB5まで一回分の解答欄を
   作って、余白を計算に使った。問題を解くスピードがついてきた。
    合格への近道は、過去問しかないと思う。問題に出てくるパラメータと、
   解答の数字の対応関係さえ掌握していれば、パラメータの数値を変えた出題
   になっても、間違えなくなる。たとえば今年1月の無線工学AのA-12の問題は、
   ドップラーシフトをもとに航空機の速度を求める問題だが、過去問ではドッ
   プラーシフトが1,425Hzで360Km/hだったという記憶があったので、今回は
   ドップラーシフトが2,850Hzだから2倍の速度720Km/hを選択し、計算しない
   で正解にたどりつけた。

   2) いろいろな人に助言をいただいた
    衛星通信の業界にいるので、社員にも、顧客にも、すでに1技をもってお
   られる方は多い。恥も外聞もなく、「今度受けるのですが、わからないこと
   ばかりです」といい続けていたら、客先で3ヶ月で1技に合格した事務職に会
   ったという話や、磁界と電界なんて全く同じように考えればいいという話な
   ど、励ましの言葉や助言をいただいた。
    勉強をはじめて一番最初に出会った疑問は、「どうしてdBmとdBという単
   位の違うものを足したり引いたりしてよいのか。足し算や引き算のときは、
   単位を合わせることと小学校で習ったのに」というものだった。
   この質問を友人にぶつけたところ、「対数の足し算・引き算は、掛け算・割
   り算だからだよ」と教えてくれ、スッキリした。
    ほかにも、同僚が位相遅れや自然対数eなどについて教えてくれたおかげで
   理解が進んだことが多々あった。導電率と誘電率の違いを正確に教えてもら
   ったのは、試験の一週間前のことだった。

   3)デシベルになじむために
    はじめのうち対数を10倍するdBという単位が理解しづらかった。3dBが2倍、
   6dBが4倍というのも実感できない。そこで、出会う数字を片っ端からデシベル
   表現
してみた。デシベルを身近に感じようと思ったのだ。
    地下鉄の初乗り22dB¥(160円)、体重は48dBg(65kg)。昼食の中華麺が28dB
   ¥(650円)、カツ丼(上)が31dB¥(1300円),フランス料理のランチコースが
   34dB¥(2600円)で、なるほど3dB,6dBの違いは、2倍,4倍だ。日本の人口は
   81dB人(1億2500万人)、世界人口が98dB人(65億人)。
   たしかに天文学的な数字を二桁で扱える。
    「ひろいんのページ」では、自由空間損失を求める近似式を「Γ[dB]=
   32.4+20log f+20log d(但しf[MHz]、d[km])」と紹介しているのに、
   会社の資料には、「Γ[dB]=92.45+20log f+20log d(但しf[GHz]、d[km])」
   とある。同じはずの損失の定数値がどうして60も違うのか、悩んだ。
   きっとどちらか間違っているのだと思った。しかし、一晩寝て、翌朝式を見
   直すと、片やMHz、片やGHzである。10の3乗違えば、対数は3違い、20倍して
   60になるので、定数値を変えておかないといけないことに気づいたときはう
   れしかった。わが社は衛星通信だから、GHzだけ考えればよいのだ。

   4)最後の仕上げは、不得意分野の徹底
    1月15日に4科目すべて3回目を解き終わった。4回目のおさらいをして広く浅
   く点を取れるようにしようか、特に不得意な分野の理解を高めるか迷ったあげ
   く、後者を選択した。
    教科書と使ったノート(科目に関係なく、調べたこと、問題の解法、解答
   をどんどん書き込んでいった雑多なノートが5冊たまっていた)にざっと目
   を通して、まだよく理解しきれていないところや何回やってもわからなかっ
   た問題の中から、@ FETの型式とID/VGSカーブの特性、A 直線を電流が
   流れるときに形成される磁界、B 共振周波数と尖鋭度Q、C スーパーヘ
   テロダイン受信機の中間周波数、D LとCによる帯域フィルター、E 雑音
   の計算方法、F 導波管内伝播モード、G オシロスコープとリサジュー
   図形、H SI単位系を集中的に勉強した。
    同じ問題を解くことに飽きていたのだと思う。無線工学Bだけでも、もう一
   回おさらいしておくのが正解だった。試験の前日になって不安がつのり反省
   したが、結果的には、いくつか山が当たったので、そんなに間違いではなか
   ったといえる。

   4 皮一枚だったけど、一発で合格

    大学入試以来、28年ぶりに根を詰めた勉強をした。3ヶ月は、けっこう使い
   でのある時間である。アルコールを断って勉強すると、頭がスッキリとして、
   勉強もはかどる。人生半ばをすぎての受験でどうなることかと思ったが、無
   事4科目受験できてよかった。
    自己採点の結果は、無線工学の基礎が93点、電波法規が89点、無線工学Aが
   89点で余裕があったが、無線工学Bが77点で、ぎりぎりの合格だった。
   A問題を20題中9題も間違えてしまった。ただB問題を22/25取れたので、すれ
   すれで合格ラインに達したのだった。工学Bを自己採点したときはハラハラだ
   った。
    中学生と高校生の二児の父として、一心不乱に勉強する姿を子供たちにみ
   せることができたこともよかった。助言をいただいた社内外の皆様、朝から
   晩まで居間に勉強道具を広げていた私を暖かく見守ってくれた家族に感謝する。
                                  (2006.3.14)


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